徳川治世の元和4年(1618年)のこと、領主土佐守景直の悪政により苦しい生活を送っていた遠山六ヶ村と鹿塩・大河原の百姓は、密議をしてお上に直訴することにし、願文を浄林寺住職の長老に頼むこととなった。ところが裏切り者がいて遠山氏に知られることになり、長老様は捕らえられ、折立の地で拷問にかけられ死んでしまった。
百姓がこれに怒って一揆を起こし、遠山氏を滅ぼしたとも伝えられている。
それから300年経った昭和8年に、青年衆の呼びかけで飯島集落の見える折立の地に碑が建てられ、時の犬養前宰相閣下に揮毫(きごう)頂いた。
元和4年4月、村人は遠山氏を恐れて小さな石地蔵を建てて「地蔵菩薩」と刻んで密かに拝んでいたが、今は毎年4月3日に供養祭をしています。
天龍村教育委員会
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